はじめに:本記事について
先日、作曲家・横山克さんの公開講座『作品演出のための音楽を作ること』に参加してきました。2025年4月29日(火・祝) 国立音大にて行われた、一般参加可の特別講義です。
講義は横山さんが90分間ノンストップで喋り倒し、実際のDAW画面で音を出しながらケーススタディを解説、そこから得た知見を共有していく形式。
映像音楽を作る人(筆者もここに当てはまります)、あるいは映像を作る人には大変参考になるお話でした。もちろんその他のクリエイティブに携わる方にとっても示唆に富んだ内容になっています。
本記事は、筆者が講義中に取ったメモをもとに後日まとめた備忘録ノートです。多少論点を整理したり端折ったりしていて講義内容を完全網羅するものではありませんが、復習やご参考までに共有します(※)。
すでに他にも講義内容を上手くまとめてくださった方がいらっしゃるので、以下合わせてチェックして内容を補完していただければと思います。
※ 権利関係について:不特定多数が無料で受講可能な講義であったため、個人作成のノートについては公開可能と判断しています。権利者様からのお申し出があった場合は非公開にいたします。
あわせて読みたい
▼ たくちーさん | このポストからのツリーで講義の全体像が把握できます
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以下、講義内容の要約になります。
1. 現代の総合芸術
講義を通して一番言いたいこと。それは「映画、ドラマ、アニメ、見てますか?」ということ。
歌ものとサントラの2軸でキャリアを積んできた中で思うこととして、作曲家はなんらかのオタクであってほしい。
映画、ドラマ、アニメなどの映像作品は、監督・脚本家をはじめとするクリエイターや、企業、資本、政治等が絡み合い、多くのクセ強オタクたちが結集して作る現代の総合芸術である。そこは音楽単体で到達することのできない領域で、自身が志す表現でもある。
自身(横山さん)のルーツについて(筆者抜粋)
- ミクロの決死圏(1966)
癖(ヘキ)はここから来ている - Back to the Future(1985)
オケのかっこよさを知る - 耳をすませば(1995)
多くのルーツの中でもひときわ多大な影響を受けた
最近の作品について(筆者抜粋)
- チ。(2024)
など、最近でも面白いと感じる作品は色々ある(アンテナを張っている)。
2. 実例
【Case 1】機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ(2015)
ガンダムのイメージはやっぱりオーケストラ。
ただしそれだけではダメで、土着的な印象を表現したいと考えた。
▶︎ 物語における貧困層の話から、こういうものを使っているだろうという発想で、デッキブラシやゴミ箱のサウンドをパーカッションに取り入れた。
この発想の元になったのは、ももクロのドラマ『天使とジャンプ』での制作経験だった。
別人格として登場する彼女たちが、銭湯でライブをする。
▶︎ お風呂アイテムを使って、挿入歌『JUMP!!!!!』を歌う。
この曲ではストンプやパーカッションにお風呂アイテムを使っている。
お風呂アイテムのサウンドは、NHKの音響効果スタジオでフォーリー収録した。
この経験から言いたいのは、全てのアイデアはリンクするべきであるということ。
【Case 2】鉄血のオルフェンズ 2期(2016)
2期の話は、とにかく人が死ぬ。
物語の要素としてバルカン地方の暗い歴史が想起される。
▶︎ バルカンブラスミュージックを取り入れた。
▼ バルカンブラスミュージックというのは例えばこういうもの
メンバーは日本にいなくて、NYで見つけることができた。
多くの人種の集まるNYには、バルカンルーツの人などもいる。
Slavic Soul Party! や Snarky Puppy のメンバーなどが集まった。
▼ それで出来上がったのがこちら。
この経験から言いたいのは、色々なアイデアを組み合わせるということ。
先述の例での、デッキブラシのアイデアなどは自分でできる範疇。
そこから「(できる)人を探す」段階がその先にある。
【Case 3】22年目の告白 -私が殺人犯です-(2017)
ノイズで作る音楽を商業的映画館に持ち込んだらどうなる?
という個人的な興味から制作にあたった。
ジャンルとしては Experimental, Noise 周辺。
自身の高専卒のバックグラウンドもあり、この辺りのジャンルは元々好きだった。
視点、心情、状況、どの軸に音楽をのせるか?を考える。
刑事が追いかけるシーン
→ ノイズでドドドド、チリチリ、刻むようなサウンド
(パーカッションでドコドコやりがちだが、ダサいのでしない)
唇を切るシーン
→ キリキリ締め上げるようなノイズ的サウンド
劇場で聴くと結構「イーーーッ」ってなる
(筆者注:わかる。実際劇場で聴いてそのような音響効果を感じました)
▶︎ 別に心地良くはない。でも他の人がやらないし、音響効果として面白い
この経験から言いたいのは、到底合わないものを合わせる発想をしてみるということ。
【Case 4】最愛(2021)
日本ドラマの一つの到達点と言える作品。
物語の、愛が溢れていくイメージ。
▶︎ ピアノが洪水のようにあふれるようなサウンドを提案した。
▼ こんな感じの美しいピアノ(0:25- 再生位置調整済み)
しかし、これを提出したところ、塚原あゆ子監督から
コラテラル(という映画の挿入歌)みたいな、こういうのがほしい
と言われる。
▼ こういうの。
となる。
後から監督に聞いたところによると、映像を見た時の「何が始まるんだろう」というワクワク感が欲しかったらしい。
▶︎ イントロでラップを入れることにした。
五阿弥ルナ(@Luna_Goami)さんにお願いして、ラップといっても特定の言葉ではないもの(造語ラップ)を作ってもらった。
▶︎ 加えて、イントロ部分のkickに工夫を施した。
コンプで余韻を持ち上げていて「どぅぅ↓ん↑」と鳴る。
「サスペンスの中から愛が生まれてくる」物語で、このkickにサスペンス感を持たせている。
監督の言葉通りに受け取ってストレートにヒップホップをするのではなく、求められたことを解釈して、要素を部分的に取り入れた。
結果的にはこの試みは非常に好評で、イントロのラップからの美しいピアノという予想外の展開には話題性も生まれた。
▼ 動画冒頭からのイントロ → 当初のピアノへ繋がる(0:00- 再生位置調整済み)
この経験から言いたいのは、相手(監督)から言われたことをそのまま受け取らないということ。言われた通り作るのではなく、理解と解釈の上でオリジナリティのある提案をする。
映像と音楽を合わせて、記憶に残すという意識を持つ。
他方、既存曲を使用する流れについても、それはそれで特に海外で実際に広がって一般的になりつつある。Music Supervisorというポジションが存在する。
【Case 5】ぼくらのよあけ(2022)
これも『22年目〜』と共通して、映画館サイズの音響実験を試みた作品。
※ 詳細は専門的で難解な話だったため、筆者解釈のざっくり要約
自然倍音列とSine Waveを素材にして、わざとズレを生み、うなり(干渉)を聴かせるような表現。音そのものの物理現象を音楽の主題に据える、ミニマルかつ知覚的なアプローチを試みた。
▼ 子どもの心情の揺れをSine Wave のうなりで表現した。
▼ 宇宙の話なので、その要素は古典的なオケとパーカッションで表現した。
この経験から言いたいのは、個人的興味を作品でどう昇華するかということ。
また、自らを開発更新することが大事。そして対話をしていく(監督への提案等)
3. 学びに対する考察
パリ・マドレーヌ寺院での聴取体験
自身の音楽観に影響を与えた、パリ・マドレーヌ寺院での体験について。
Strings Quartet を聴いた。
いろんな方向から聞こえてくるような感覚で、
聴覚と視覚の不一致が起きた。
気候・湿度・匂いなどの要素もあったかもしれない
(あるいはインフルだったからというだけかも…)
→ 心を動かすためには音楽だけで足りるのか?(正直足りないと考える)
様々な情報をリンクさせて心を動かす(筆者注:おそらく「複数の感覚モダリティを組み合わせることでこそ、心動かす体験を作ることができる」の意)。
国ごとの音楽性の違い
経験として、国ごとの音楽性の違いがある。
- 日本はアキュレー。ソルフェージュに強く、正確。
- 欧州はクラシックなフレーズを持ってくるとものすごく弾ける。柔らかい
- スウェーデンがなぜか良い。日本でもジャニーズとか録っている
- 韓国はK-POP, SOUL方面で強い(ガラパゴス化する日本に対し、韓国の方が世界進出傾向)
▶︎ どんなミュージシャンで録るかまで、作曲家の仕事である
ヘルシンキでカンテレ(フィンランドの撥弦楽器)を録った際、現地の奏者への参考用にサンプルは用意したが「あなた(奏者)のフレーズを出してほしい」と言ってその場で実験を重ねた。
アビーロードで録った音はスターウォーズと同じ音がするが、自分は J.Williamsの足元に及ばないと思った。
▶︎ 音楽は(自分の経験の中で)音響を含めて記憶している
パレットの拡張をしていく。録りたい音に応じて録音する人・場所を選択する
プロデュースという視点
サスペンスが得意な人?と思われがちだが、実際は色々やれる。人と人の掛け合わせによってもできることは増えるし、不得意だと思った人に頼んだ時に発揮されるパフォーマンスの高さは着目されるべき。
作曲家はプロデューサーの側面があって、やり方にも様々な軸がある。
- 味方を作るか、一人でやるか
- 依頼されて作るか、音楽で演出を仕掛けるか
- アーティストか職人か?
▶︎ 映像音楽作曲家は中庸を目指せる。
作曲家はもう一人の演出家であり、メインスタッフであるという意識を持つ。
時代の進化
アーティストへの楽曲提供、特にアイドルへの提供は自身に大きな影響を与えている。ライブで反応をダイレクトに見られるのが良い。倍で乗ってもらうつもりがみんなハーフで乗っていたりとか、意図と違う反応になることもある。
最近のアイドル楽曲はめざましく進化している。
K-POPアイドルにも注目していて、特にaespaから得ている影響は大きい。
いろんな音楽のジャンルが詰まっている。
▶︎ サウンドトラックコンポーザー負けてない?
歌ものからも学ぶ。
教育・研究機関からの学び
表現のわかりやすさ
大学時代、現代音楽に「なぜそんなにわかりにくい?」と疑問を抱いていた。
わかりにくい表現手法を選ぶには理由が必要。
わざわざ難しい手法を選ぶなら、伝わらなきゃいけない。
と先生に言われて「たしかに」と納得した。
- 以来、自身の楽曲ではコード・転調は基礎的なもののみ使うことが多い
- サンプリング素材の組み合わせもするし、音符以外の部分でできる表現は色々ある
- ゼロイチは苦手な方という自覚
▶︎ 複雑なコード進行などを武器とする人もいるけれど、必ずしもそうあるべきとは限らない。
自分の到達点は自分で見つける。
回り道のススメ
ほとんどのものは歴史に残らない。
▶︎ だからこそ、プロデュース、かけ合わせ、歴史を重視。
全てにおいて提案型の発想を持つ(筆者注:おそらく「多くの引き出しを持つことで、アイデアを統合して常に主体的に演出を提案できるようになる → 総合芸術として世に残るような作品を生み出すことにつながる」の意)
音楽理論の必要性
基礎的な音楽理論は必要。自分のスタジオでは常にアシスタントを募集しているが、和声の知識は必須としている(綺麗なStrings Quartetを書ける力)。グルーヴ感覚の両立も大切。
音大で学べることは貴重。全部学ぼう。
作曲家キャリアを積む上でアシスタントをやるべきかは完全に人による。向き不向きがある。
フィルムスコアリングの重要性
監督の伝えたいことは何?
一緒に仕事をした監督たち(長井龍雪、塚原あゆ子、小泉徳宏 [敬称略])について
▶︎ 彼らの共通点として、伝えたいことの解像度が高い。言語化にも長けている
映像を読み解く。流されすぎない
その他
- アメリカについて:ITリテラシーが高い
- 誰に向けて音楽を作るかという視点(監督、リスナー?)
- Spotify , Apple Musicで聴かれている層が違う
- 自身のスタジオでのアシスタント採用について
- 興味と範囲のバランスを見ている
- 綺麗なStrings Quartetを書ける力。和声の基礎知識は必須
- 和声感覚、グルーヴ感の両立
Q&A 抜粋
Q&A形式に則らず、お話の中で特に印象に残った部分や強調された部分を筆者抜粋で列挙。
- ケルト音楽のインスピレーションについて。クロノトリガーやEthnic Musicからの影響が大きい。Fate/Apocrypha ではケルトの節回しをしている
- 納品まで1年の条件を重視している。長めにしているのは、膨大な曲数を作る必要があるのと、コンセプトが浅くなるのを避けるため。
- 『ちはやふる』で40曲ボツになったが、全部理由を説明されて納得した。大量のボツはしんどいが、図太いメンタルは大事
- 中途半端な力で出てきてもそのうち仕事がなくなるのでおすすめしない(業界人は作品や担当者をけっこう見ている。新人どう思う?という話でいまいちの反応になってしまうと、その評価が界隈で固定化するため)
- サントラは映像とともに見られてこそ。
- 「オーダー通りに作りました」はすぐわかる(言われた通り作るのではなく、自分から提案しよう)
- 音大での学びについて。模範的な学生ではなかったが、指導者の助けを得ながら、綺麗なStrings Quartetが書けた経験は大きい
- 音大時代は、堤博明、富貴晴美、はまたけし、加藤久貴…(敬称略) 優秀な人たちが周りにゴロゴロいた環境。
- AI時代について。コンセプトやメインテーマを打ち立てられるかどうかが大事。
- (主に英語コミュニケーションについて)シンプルなことを何度も言う。
- 作曲はリズムから、人から
- Hans Zimmer(監督に提案する姿勢), Eric Serra からの影響
- リファレンスは自分から出す
- 言われた通りに作るか、自由に作るか?→ 絶対に任せてもらいたい。なんなら監督を面接する勢いで、自分の音楽のどこが好きで依頼してきたか聞いている
- 劇伴作曲家、新体操上がりとかいる(筆者注:ハイキュー!!など担当された林ゆうきさんのことでしょう)
- 自分のやり方が好き、全て突っ込める、無駄はない
- 決めつけていく意思の強さは大事。自分の嗅覚を信じる
- 正確さが必ずしも音楽の良さではない
- 作品毎の制作曲数について。基本的にはドラマ25曲、アニメ40曲、映画は作品による
- 使用ソフトについて。Pro Tools, Cubase, Ableton Live, Dorico → 全て最新版で運用
- 日本の劇伴の進め方が疑問。外を見る必要はあると思う
まとめ
▼ 横山克さん | 講義後、ご本人からのコメント
おわりに:筆者雑感
横山さんの音楽では『22年目の告白』が特に衝撃的で、劇伴目当てに3回劇場で観ました。今回の講座ではDAW画面まで見せていただけて、いちファンとしても普通に楽しんでしまいました。
他方、クリエイター視点での感想。私自身は音大卒でもメジャー志望でもなくて、手が届く範囲のご縁で映像音楽を作っている人間ですが、今回の講座はこれまでのやり方の答え合わせと、今後の指針として非常に参考になりました。
今まで自己流でやってきたアプローチ(監督への提案姿勢や、映像や背景の解釈の詰め方など)が大方間違っていなかったことを確認できたのは嬉しいことでした。回り道的なお勉強は色々としてきている人生なので、それは今後も強みにしていきたい。
一方で、作編曲に関する体系的な知識が圧倒的に足りていないことも再確認できました。音大生はそこをきっちりやっているから強い。特に和声はちゃんと基礎から勉強してみたいと思いました。幼少期のクラシックピアノ経験と、基礎的なポピュラー音楽理論あたりだけで感覚的にやっている部分が多すぎるので、横山さんが何度も強調していた「綺麗なStrings Quartetを書ける力」には正直憧れがあります。
ただ、こういう極めて専門的な領域かつアウトプットを伴う学習は独学に限界もあるので、一度どこかで習いたいと調べたところ、サマースクールがあるらしいので気になっています。
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ところで今回の受講の経緯なのですが、別の用事、それも自分の担当した劇伴関連で東京へ行く予定があって、その数日前にSNSで偶然開講を知ったのでした。これを前提に飛行機を取ったのでは?と思うほど完璧なタイミングの日時だったため、急遽旅程にねじ込み、期せずして劇伴をフィーチャーした旅となりました。
空港から直行でハードな移動になりましたが、体力的に多少無理してでも行った価値はありました。ちょっと音大生気分も味わえて楽しかったです。
貴重な学びの機会を提供してくださった横山さんと国立音大さんに大感謝。

ありがとうございました!
▼ 筆者の劇伴担当作
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